人の感覚の中で、視覚はとても重要な役割を担っています。網膜がとらえた視覚情報は、脳に送られて「こういうものですよ」と認識されますが、その中には私たちが生活している三次元の情報も、絵や文字などの二次元の情報も混在しています。そのため実際とは異なって認識される「錯視現象」なども起こります。
例えばこのように棒で作られた形を見ると、平面に描かれた線なのか、空間に浮かぶ立体なのか、一瞬判別がつきにくい。ラボのみんなも一瞬「ん?」と目が止まり、しばらく見つめてみますが...見れば見るほど目が混乱する!いや、脳が混乱しているんですね。
そして同じ形を、今度は映像で見ると...「わ!」「えっ?」立体であることがわかります。台形のような平面に描かれていた形だと思っていた人が多かったのか、「なんか変!」「そうだったのか」と反応が起こりました。視覚がグラグラしてしまう。
この回は二次元/三次元の視覚について理解を深めるため、視覚的なぐらつきを起こす作品に挑戦してみます。平面か立体か、どちらにも見える「動く錯視」の不思議さを楽しみながら、人の視覚認知を把握していきましょう。
まずはラフスケッチをたくさん描いてみることに。「この図形でもできるかな」といろんな形で工夫をはじめました。シンプルな制作だからこそ、いろんなアイディアが出てきました。「四角だけじゃつまらない」など複雑な形に挑戦する人も。
どうすると錯視が起きる?線で描いているだけでは実際におもしろい現象が起きるか想像がつきにくい。そこで少し太さのある棒を使って試作してみることに。のこぎりでサクサク切って、進めていきました。
まずは平らな状態で形を組み立て。棒の長さが少し違うだけで、図形の形がかなり変化していきます。当初予定していた長さと少し違ったとしても、逆に面白い効果が出てくるかもしれません。手を動かしながら確認していきます。
早くも錯視が起こりそうな感触があった人は、まずはそのままひとつ目の本制作へ。形の一部を変形させたり、立体化してみると、どうなるだろう?試行錯誤が始まりました。
「できてるのかどうか」「どっちなのかわからなくなってきた」という人も。「なんかグラグラしている感じはする...」ということは成功してる?!試しに他の人に見てもらうと「なってる、なってる!」視覚認知は人それぞれ違って、生まれ持った個人の特性があることも発見できて興味深い。
中には明らかな効果が感じやすい形を見つけた人もいました。「うわー!」「グラグラする」「なんだこれ?!」作りながら調整してたどり着いたこの形には、ほとんどの人が反応していました。一度見えてしまうと、不思議でおもしろくてちょっと気持ち悪いんだけど、目が離せなくなる。
ひとつつくるとまた別の形を試したくなるようで、次々に他の形でも挑戦。アイデアは尽きず、形づくりを楽しみました。すんなり完成するものばかりではありませんが、調整度合いを探っていくと「おっ」と感じる気づきも出てきます。
天井から吊るせるようにテグスを結びつけ、風を受けてゆるく回転する仕組みに。ゆらゆらしている状態で、ぼーっと見ると効果絶大?!という不思議な作品になりました。この視覚体験を次回以降の制作にいかしていきます。
昔から、私たちが住む三次元の世界を2次元の画面に表現しようと、たくさんの画家たちが研究を重ねてきました。写真や映像が当たり前になった現代ではあまり不思議に感じることもありませんが、昔の人たちはどうしたらみたものをそのままに表現できるか試行錯誤を重ねました。
その研究が飛躍的に進んだのはルネサンス期。画面の中に奥行きを感じさせるため、透視図法や空気遠近法などが多用されるようになり、絵画が飛躍的に変わりました。しかしそこからさらに19世紀になって写真が生まれると、その表現に新たな展開がみられます。
たとえばセザンヌ、ピカソ、ホックニーなど、様々な芸術家が新しい2次元/3次元の表現を模索していきました。この回は、ラボのみんなも2次元と3次元を意識した制作に挑戦。前回のモビールで人の視覚認知の仕組みを体感した後、どんな取り組みをしていくでしょう?
この回のモチーフは大小さまざまな箱。色やロゴなど、そのジャンルもいろいろな種類の箱が教室に登場しました。はじめに、できるだけたくさんの箱を描いてみるためクロッキーに挑戦。1個につき約2分!ぐるぐるイーゼルを交代しながら、その場から見える箱を選んで描いてみました。
長方形のまっさらな画面に試しに箱を描いてみると...とたんに画面の上に大きな変化が起こります。箱を描くことにより、それを見た人の脳は3次元空間を感じようと働きます。箱の形が多少歪んでいたとしても、比率が正確に描けていなくても、もはや2次元のただの紙には見えません。空間があるような気がしてしまう。
ウォーミングアップで肩肘張らずに何枚も描いていくうちに、意図的にすごく小さく描いてみたり、はみ出すくらい大きく描いてみたり、あれこれ試したいことが出てきました。その中から自分で気に入ったものを選び、それぞれの絵にお互い「ここがいいね!」というコメントをつけていきました。
他の人の絵を見るのはすごく刺激になります。教室内をぐるぐる回っていろんな取り組みに触れると、頭もさらにやわらかくなる!そして最後に自分の場所に戻ってみると...自分の絵に対して意外なコメントが。「ここを見たのか!」「ここが良いのか〜」などあちこちで声があがっていました。
十分なウォームアップが済んだところで、いざ本制作へ。前半に様々な箱を描いてみましたが、その中でも自分が良いなと感じる箱をモチーフに選んで制作を進めていきます。2次元と3次元を行き来しながら、自分なりの表現を探っていきましょう。
こちらの人、「かわいい!」とお気に入りの箱を見つけたようです。ポップな色と模様に、どこかレトロな雰囲気もあるサッポロビールのロゴ。小さめのモチーフですが、描くのが楽しくなりそうですね。
画用紙はタテでもヨコでも、ご自由に。モチーフをどんな角度で入れるのか、どんな大きさで描くのか...自分なりに「この感じ!」とピンとくる構図を検討していきました。手を動かしながらラフを描いてみるのもおすすめ。何枚でも描いてみよう。
何やらモチーフを動かしたり積み上げたり、自分で工夫しはじめる人も出てきました。少しくたびれたり古びた感じの箱は、その汚れ加減も「いい感じ!」と、描きたいポイントになっていたようです。
「牛乳石鹸の箱だから、まわりに牛を配置したら、かわいいし、空間が広がりそう」という声も。え、牛ですか?!それをどう用意しようか?という話になり、次回までお家で何か探してくるとのこと。おもしろくなりそう!
前回選んだ箱の絵の、本制作です。モチーフの色もサイズも質感もバラバラなので、使いたい画材を各自で選んでいくことにしました。普段から使っている鉛筆や絵の具はもちろん、パステルや顔料、モノクロ仕上げがご希望なら木炭もおすすめです。
箱の形を描く際、マスキングの技法を使ったり、消しゴム・練りゴムでさっと落とす方法なども使えます。自分が描きたい絵によって、使う画材や技法は変わっていきます。初めは扱いにくいと感じる画材や技法も、制作の経験を重ねることでだんだん好きになることもよくありますから、興味をもったものから試してみて。
各自でイーゼルを立てて、モチーフをセッティングしたらさっそく制作開始。今回はパステルを選んだ人が多く、倒して画面に押し付けることで素早く「面」ができる。たしかに箱を描くにはぴったりな画材かもしれません。鉛筆を使って線で捉えて描き進めるよりも、感覚的に箱の描写がしやすいですね。
豊富な色数のパステルは、一気にモチーフの箱らしく近づけられることも利点のひとつ。感覚的に「ここはしっかり描きたい」という部分の描写に手が伸ばしやすいようです。早い段階から制作に集中している人が多くいました。
良いペースで制作が進んでいます。メインに描きたいものをある程度進めていくと、その周りのものにも手が入りやすくなります。テーブル面や背景等をどう構成していくか、それぞれ制作しながら固めていきました。
このプログラムは2次元の紙の上に、それぞれ箱をどう描いていくのかという試みですが、こちらは手前は強く、奥にいくほどふんわり弱めた表現をしています。気づかないうちに空気遠近法を?!画面の中に光や空気がありそうな仕上がりになってきています。
みかん箱を選んだ人は、なんと...まわりにみかんが大量発生!そのために、前回のラフの時点から、まわりの空間を開けていたとのことです。かなり計画的だった様子。
こちらの鳩サブレーの箱は、道路にどーんと置かれていました。鳩なので、「歩く」というイメージが浮かんだとのことで、道のシーンができました。なんだかこの場面のストーリーまで生まれていきそう。
手前は極力はっきりくっきりと描いていますが、奥の輪郭はパステルの感じがいかされて、ちょっとふわふわしたまま。自然と手前に目が誘導されて、斜め上から見下ろした雰囲気が出ていますね。側面の白い部分の描画もとてもていねいです。
前回から「牛」にこだわっていた人は、牛乳石鹸の箱を追加することになりました。自分なりに何か思い入れがあったり、描きたい部分があると、制作が楽しくなりますね。
ポカリスウェットの箱を描いていた人は、いつの間にかお皿に乗せられたカステラとジュースが画面に追加されていました。何気なく、とても自然に置かれているような絵作りです。おもしろい!カステラが共鳴して、なんだかダンボールまで巨大なカステラのように思えてくる。
こちらはパステルで描いた画面を、水をつけた筆で撫で、水彩画風に仕上げていました。垂れた表現が、なんだかドラマチックな雰囲気に!それでもしっかりと奥行きが感じられて崩れないのは、先にしっかりと描画していたからでしょう。画面の変化を楽しみながら描いていました。
こちらの人は「なかなか終わりません!」と言いながらたくさんの箱を組み合わせたモチーフを描いています。少し数を減らしたら?と声をかけても「どれも減らせない!減らしたくない!」とのことで、その後みんなが片付けをしている間も描き続け、どうにか描き切っていました。
画面の中で自分がこだわりたい「決め所」を作ったり、途中で背景を描きこんだり、それぞれチャレンジする手数の多い制作でした。パステルが急に使いやすく身近な画材になった人も多いようで、今後の制作にも活かせそうですね。
今回からアートラボの制作にチャレンジしている新中1のみんなは「つっかれた〜!」と言いながらも何だかうれしそう。ジュニアの制作よりも時間が長くなった反面、集中力も体力もまだまだ慣れが必要です。途中でみんなの作品を見て回ったりしながら休憩&リラックスしつつ、リズムを掴んでいきましょう。