西洋絵画は三次元空間を二次元の画面に再構築するため、透視図法やカメラオブスキュラなどの技術を発明してきました。空間を描くためには画家の視点を固定する必要がありました。今でもデッサン等で描写をして行く際は、定点から見えた姿形を描くのが一般的です。
でも実際には人は単視点でものを見ることはありません。必ず様々な角度から空間を認識しているため矛盾も出てきます。セザンヌは遠近法を否定し、さまざまな方向から見た様子を組み合わせて画面上に再構成した静物画を描いていました。
このセザンヌの取組や主張はのちにピカソが「私の唯一の師」と讃えるほどの影響を与え、多視点を極端に推し進めたキュビズムの誕生へとつながりました。空間を正確に捉えようとするそれまでの絵画の流れは、人間を主役とした主観的絵画へと変化していったんですね。
うーん?わかったような、わかりにくいような...視点は日常ではあまり意識することがありませんから、制作実験をしてみることに。好きなモチーフをひとつ選び、上、横、斜め、横など異なる視点からスケッチを描いてもらいました。
3〜4枚描いたスケッチを合体させ、ひとつのモチーフを表現していきました。組み合わせの方法は自由ですが、はじめのうちはできるだけそのものらしさが伝わりやすい構成をすると描きやすかったです。
数回取り組んでいくうちに「なるほど!」とコツがつかめてきた様子。ゲームのようにおもしろい制作で、進めて行くうちに立体感がついているとかっこいい、厚みが描かれているとリアリティがある、でもあまり本物っぽさが出すぎると多視点の気持ち悪さも強調させる...など、描いているうちにセザンヌやピカソの絵の不思議さが身近になってきた様子。
おもしろいなと感じる作品は、さらに描きこみを進めてみました。一見すると小さなこどもが描いたような「形が狂ったデッサン」にも見えるけど、細部の描き込みなどをみるとすごく上手で作品全体がなんだかアンバランス?! 多視点のおもしろさがわかったところで次週に続きます。
食器や調理用具などと一緒に、りんごや布を合わせた卓上モチーフを組みました。前回多視点で描いてみたアイテムもあったので、どんな取り組みができそうかなと想像が膨らみます。
B2サイズのイラストレーションボードに、いわゆる「セザンヌブルー」とよばれるターコイズブルーの下地をつけていきました。明るめだったり暗めだったり、それぞれ微妙にちがいが出ているのもきれいでした。
多視点の制作なのでできるだけモチーフのまわりを動きながら描きたいところではありますが、とりあえず自分のベースになりそうな地点を選んでイーゼルを立てていきました。同じ地点でも角度を変えたり、立ったり座ったりするだけでも視点が変わります。
定点から見たままに描いていく制作と違い、多視点の制作には「どう構成するか」という要素が加わります。ものをいろんな角度から見たスケッチや、テーブルや布など面積が大き目の部分をどう構成するかなど、みんな時間をかけて検討していました。迷いがある人はしっくりくる形を粘り強く探していました。
全体の構成は「多視点でも定点でもいいよ」と伝えていたのですが、ほとんどの人が多視点を選択。自分なりにおもしろい絵にしたいという声に混ざって、形の狂いが目立たなくてかえって描きやすいなどの声もあり、全員積極的な取り組み。スケッチを見ているだけでもとてもおもしろい制作でした。
自分の感覚的にしっくりくるかたちが決まったら、ブルーの地塗りをした画面に下絵を描いていきました。探究心が刺激されたのか、ラボのみんなの頭がフル回転!鉛筆や白絵の具などを使ってぐいぐい進めていました。
白い絵の具であたりをつけたら、大まかな色面を作っていきました。ここにきて全体のバランスの悪さに気づく人もいて「りんごを多そう」「布を広げよう」などの調整も。自由にコントロールできるのが楽しい様子です。
セザンヌの絵をよくみると、短くて太い斜めの角度の筆跡で全体が覆われています。この筆跡が数本まとまることでやわらかな色面が生まれ、隣同士や全体のバランスをみながら描画をすすめていることがわかります。
またセザンヌの制作で興味深いのは、何があるのか判然としない部分をあえて残してみたり、色の厚みに差をつくり最も薄い部分はキャンバス地そのままの作品もあること!一見すると「描きかけですか?」と思わせるような終わり方ですが、何も描かれていない部分にすらみる人の想像を掻き立てる、独特の構成感覚は本当にすごいです。
そういったセザンヌの様々な技法や構成感覚を鑑賞した後に、それぞれの制作の続きを行いました。前回描いた下絵に、面を意識しながら絵の具を重ねていきます。画面が大きいので、セザンヌのように大きめの平筆を使うことをおすすめしました、
描いて行くうちに、強い色、重たい色、手前に出てくる色、余白とのバランス、陰影のつき方など様々な要素が変化し、絵の構成がぐにゃぐにゃと変わっていきました。筆を置くごとにまるで生きているかのように動いてしまいます。一部分に固執せず、できるだけ全体を俯瞰しながら調整をしていきました。
全体の骨格がしっかりするように絵の構成が固まったら、細部の描き混みもすすめていきました。自分の感覚が気持ちいいと思えるような着地点を探して、色味やタッチを使い分けていきます。セザンヌのように「画面に絵の具をおく」という感覚を身につけた人も。
「納得いかない」「なんか違う」制作には思うようにならないジレンマもつきものですが、妥協せずに粘る姿勢はとても良いことです。質感や陰影を描けば描くほど絵は変わり続けますからみんな制作の手が止まりません。
「ずっと描き込みしたい」という人もいましたが、今回の制作はこれにていったん終了。多視点の制作を体験することにより、画面構成やバランスという要素にも気付いた人が多く、刺激がたくさんの静物画の取り組みになりました。